ネバーランド
Finding Neverland
 
 

  

2004年アメリカ・イギリス/監督:マーク・フォースター
出演:ジョニー・デップ ケイト・ウィンスレット フレディ・ハイモア
前宣伝を見た時にえらく絶賛されてたんで、正直最初に見終わった瞬間は「あれ?ちょっと…物足りない?」部分もあったんですよ。物語的にね。

私はけっこう起承転結にこだわるタチなんで、完全な「ピーター・パン製作秘話」にしては肝心のピーター・パン初演の描写が少なく、「ネバーランド」という 架空の場所を語るにしては肝心の「ネバーランド」とは何か、という説明が少なく、主人公バリの人間関係を描くにしては彼の妻との諍いや、逆にシルヴィアとの 誠実な友情が曖昧で、どれがこの映画のストーリーのテーマなのか、すぐにはつかめなかったんですね。でも、面白くなかったわけではなく、 かといってわんわん泣いたわけではなく(じんわり泣けましたが)、時間が経っても忘れられず、静かに思い出しては心をあたためる場面がたくさんあって…。

あれ?こんな読後感、どっかで感じたことが…。

と思って、思い出しました。『ポビーとディンガン』だ。

そういえばあの小説も、「小さな宝石のような」と形容されてましたっけね。なるほどなあ。

ヴィクトリア時代末期、まだまだ社会が堅苦しく、型から外れる人間に厳しかった時代。その中で興行の不調や妻との不和に直面しながら、 現実と同じように空想の世界を行き来するバリを現実逃避と責める人は今も昔もいるでしょう。実際に映画の中にもそういう人物は描かれ、 そしてそんなバリを是としたこの映画を「おとぎ話にすぎない」「現実逃避を是認するもの」と非難する人がいることも知ってます。でも、 そういう言葉を耳にする時、『ポビーとディンガン』のあの最後の数行が頭を過ぎるのです。そして、『「きよしこの夜」が 生まれた日』で読んだ、あの一節も。

「たしかにやわで感傷的なうただ。しかしやさしく憐れみぶかい心をもつことは罪だろうか。魂をもつことがいけないというのか」
(「きよしこの夜」が生まれた日/著:ポール・ギャリコ/大和書房 P88〜より)