いまだ語られぬ謎 
〜”かかし”という男〜

「ごあいさつだなぁ」
と、その男の人は、いすから立ちあがり、わたしにむかって、頭をかきながら、
人なつっこそうにわらいました。
 髪の毛はぼさぼさで長く、ぼろの服を着ています。とてもみすぼらしそうな男です。
立ちあがったところを見ると、背はひょろ長く、手も足も長い男でした。そして、目は、
とろんと、ななめにたれています。人のいいような悪いような、何ともとらえどころのない、
ふしぎな顔つきです。(本文P136より)



 ”かかし”は、山賊に荷物を奪われ、嘘つき呼ばわりされて、自信を失って倒れていたクミルを 助けた人物です。彼はとても謎に満ちていて、それは登場場面からはじまります。クミルは、人が 作った、鳥よけの『かかし』の前で倒れたのですが、気がついたクミルの目の前にいた青年の”かかし”は 印象がその『かかし』にそっくりで、クミルは『かかし』が動いて喋っているような感覚にとまどいます。 その上、彼は自分の名を”かかし”だと名乗ったのです。


 クミルは、”かかし”には本当の名があって、呼び名が”かかし”だろうと言うのですが、彼は否定します。 彼はほんものの”かかし”であり、なぜかというと、”かかし”の仕事をしているからだと言うのです。

「かかしの仕事は、ふたつある。ひとつは、鳥や、けものたちに、人間がきたぞ!逃げろ!って、
知らせる役目」
「わかった!あなたは、動物たちの、かかしなのね!」
「もうひとつは、うん。あんたは、わかりが早いな。もうひとつは、ただの道案内」
「道案内!」(P140)


「道案内」――――

 これは、この物語におけるひとつのキーワードです。
 このとき、かかしは動物たちの道案内と言ったのですが、クミルは自分の道案内もしてくれと頼みます。 人間なんていつも自分の行く所に向かってせかせか歩いてるじゃないか、と取り合わないかかし。
 ですが、自分の目的にも、これまでしてきた事にも自信を失っていたクミルは、それでは納得しません。
 そんなクミルに、かかしは、自分は「道案内」――連れて行くのではなく、行き先を指さして「ご案内」 するだけなのだと言います。そこに行くのかどうかを決めるのは、自分だと。


「だって、仕事だからな。おいらは、かかし。道案内はするが、けっしてそこへつれていくことはできない。 それがかかしさ、クミル」(P146-147)


 好きになったり、親しくなったものに対しては、草木や動物を問わず名付けるクミルに対し、かかしは、 「いちいち名前をつけなければ気がすまないのか」と笑います。そこからは、彼が、彼自身のことをも 「かかし」の仕事をしている「自分」であり、それだけでしかないと思っているふしが見られます。
 彼は、彼が生まれた時につけられた「与えられた名」を捨てたのでしょうか。

 また会いたい、助けてほしいと頼むクミルに、かかしは約束します。

「おいら、あんたを助けることはできない。だが、あんたの助けにはなれるかもな。 なぜって、おいら、かかしだから。
…(中略)… 
だがな、クミル。おいらは道案内をするだけだよ。決めるのは、あんただ」(P152)


 それはいわば、クミルとかかしとの「道案内」としての最初の約束でした。

 その後、クミルが訪れたセマーヤとタキマーヤ(※「登場人物」のページ参照) の家で、彼女たちを訪れたかかしと、クミルは偶然出会います。セマーヤとタキマーヤと、かかしは、古い友人の ようです。二人暮らしの家に3人分の家具や食器があるのは、毎年、森のまつりの辺りに彼女たちを訪れる かかしのためだと考えて間違いないでしょう。

 そして、セマーヤとタキマーヤもまた、謎の多い二人です。
 誰も知らない古代アイザール語で会話し、どう見てもまだ十代なのに、森で生まれ育ったわけではなく、 別の土地から過去を葬ってやって来たようなのです。
 ここで、本文冒頭に出てくる「ヌバヨの噂」の中にあった、「二人の女の子を育てているみすぼらしい 森番」という噂を思い出すと、それは、かかしと彼女たちの事のような気がしてきます。かかしがヌバヨ だと言うわけではなく(本人否定してるし)、人里離れた所で暮らしている風変わりなかかしと、森の 精とも見まがうような愛らしい二人の少女を見たものが、そういう誤解をしたということは十分にありえます。

 もし、そうだとしたら、重要なのは、二人の少女を育てたのが、かかしだという点です。
 クミルに過去を問われた少女たちが、返事のかわりに歌った、大人の男の人の歌のこともあります。
 彼女たちの育ての親はかかしであり、彼女たちが自活できるようになった後は、別々に生活しているのでは ないでしょうか。
 彼女たちは、かかしのことをこう評します。

「おとなでも、子どもでもない人」(P199)


――と。

 その後、行き先に迷ったクミルによって、かかしは呼び出され、クミルにいくつかの重要な「案内」を します。それによって決意したクミルによって、彼女をマドリム郡へ連れていく約束をします。その途上で、 古代アイザールのことに詳しいかかしに驚いたクミルは、彼の素性を問います。その問いに、彼が返した 言葉は、たった一つでした。


「おいら、タウラの息子だよ」(P229)


 タウラの息子。

 ドーム郡の伝説上の祖先であり、歌姫にして舞姫シェーラの、ただ一人の伴奏者、タウラ。
 ドーム郡の人なのかと驚くクミルに、かかしは


「ドーム郡なんて、アイザリアの南のちっぽけなところなんだぜ。シェーラとタウラの娘や息子は、 どこにだっているさ」(P230)


と、笑います。

 かかしを伴ったままドーム郡へ戻ったクミル。当然、かかしはヌバヨだと誤解されます。その誤解を解き、 フユギモソウに立ち向かうために動き出したクミルとドーム郡を後に、かかしは突然、旅に出ると言い出します。

「なあ、クミル。道案内ってのは無責任で気楽なようだが、これでけっこうたいへんなんだよ。 おいらも、あんたの道案内である以上は、その役目をやりとげるしかないと、決めたわけだ。」(P286)


 心細さを、家族がない寂しさを訴えるクミル。かかしは、弱音を吐くクミルには興味がないと 言い切ります。弱音に身を任せたら、そこでクミルの道案内をするのは終わりだという彼に、 クミルはつぶやきます。


「かかし、かかし。あなたは、いつまでも、どこまでいっても道案内なの? ねえ!」
「おいらが、自分で歩き出すときだって、やってくるのさ、クミル。そのときは、かかしじゃ なくなるのかもな」(P293)


ここで、彼は単なる世捨て人ではなく、彼を待っているものを予測していることが感じられます。

 旅に出たかかしを、クミルは待ちます。夏まつりの前夜、クミルは最後の踊りを踊る前の夜のシェーラに 思いを馳せ、シェーラがタウラを思うように、かかしを思います。そこにかかしが帰ってきます。
 かかしがクミルに差し出したもの。旅の目的。それは、タウラの剣でした。

 かかしはどうやってタウラの剣を探し出したのでしょうか。決して楽な道程ではなかったようです。 伝説の中で、伝説上の王を殺した、伝説の英雄が手にしていた、伝説の剣。そうやすやすと手に入る ものではありません。なぜ、かかしはタウラの剣の在処を知っていたのでしょうか。それをクミルのために 手に入れようと決めた時、かかしにとって、それはどういう意味を持っていたのでしょうか。

 ドーム郡を訪れたヒース先生と、かかしが出会った場面も何か思わせぶりです。


ヒース先生はかかしを見つめ、かかしも、ヒース先生を見ています。にらめっこをしているみたい でしたが、ヒース先生は、やがてこういいました。
「あんたが、かかしじゃな?」
 かかしはうなずきます。
「いい目を、しておる」(P333-334)


 クミルの育ての親とも言うべきヒース先生が、彼女に変な虫がついてる(笑)!と疑心暗鬼だっただけかも 知れませんが…ヒース先生は、そもそも、古いドーム郡の詩の謎を解くためにドーム郡を離れて旅をして いた人です。それを考えると、ヒース先生はその関連で、何かしらかかしの素性に思い当たることがあった のかも知れません。


 クミルは、夏まつりの最後の踊りを、ただ一人で踊ります。彼女にとって、一緒に踊りたい人は かかしだけでした。その彼は、いつのまにか姿を消していました。彼女は、かかしがどこかで見て いてくれると信じて、一人で踊ります。クミルにとって、かかしは、ドーム郡の誰よりも慕わしい人に なっていたのです。まつりが終わり、人々が去った後に、その彼は現れます。手にタウラの剣を持って。

「クミル。――これが、おいらの、最後の道案内だ。よくお聞き」(P358)


 かかしは、クミルに、自分が彼女の道案内をするように、クミルも自分の仕事を最後までやり通せと 励まし、剣を彼女に渡します。最後の道案内。最後の、もはや帰ってこられないかも知れない道。
 その道を行くことを決意したクミルに、かかしは別れの挨拶をします。


「シェラス・クミル! おれたちは、ふたたび会えるときがくる! そのとき、おれたちは、あんたと、 あんたの道案内としてでなく、たがいに名のりあえるだろう、ほこり高きシェラス・タウラスのひとり として!」(P362)


 彼は、最後までクミルとの関係を「道案内するものと、されるもの」以上にはしませんでした。 その証拠に、最後の道案内を終えたかかしは、クミルの帰りを待たずにドーム郡を去ります。
 そしてまた、最後の道程を終えて、「道案内されるもの」ではなくなったクミル。
 後の世の話(※「虹へのさすらいの旅」)によると、彼女はその後、ドーム郡を出ていったと思われます。

 古代アイザール国に縁を持っていたと思われる「かかし」。ヒース先生が研究していたという「古い詩」。 伏線らしきものは随所に散りばめられており、この物語の後、もはや「かかし」でも「道案内」でもない 一人の”タウラの息子”と”シェーラの娘”クミルとの間に起こった、語られなかった物語の存在をほのめかし ているように思われます。
 ―――それが、伝説にありがちなことで、文字には残っていないとしても。



(※注…文中 斜体 は本文より)