「虹への旅(旧題:虹へのさすらいの旅)
(原題)『山の壁を越えて』



クミルの時代から、はるか後の時代のアイザリア―――

 その頃、アイザリアは内戦のさなかにあり、辺境の町でも戦火の噂が囁かれていました。
 そんな頃、アイザリアの南、美しいグルノーの森に、ひとりの少年がやってきます。
 少年の名は、マリオ。
「嘘つきマリオ」の異名をとる、アイザリアでは有名な嘘つき少年です。

 この「嘘つき」という癖のために、生まれた村を追い出され、町々を転々として暮らしてきた彼は、
森のために生き、森と共に生きるという「森の民」になるために、グルノーの森の
”森の娘”ナチカとパムリンのもとで、修行をはじめます。
 なかばなりゆきで始めた「森の民」修行でしたが、心を許せる友人と共に、自然の中で 自分をいつわらずにすむ生活は思いのほか心地よく、次第にマリオは本当に「森の民」の ひとりになることを夢見るようになります。

 しかし、そんな平和なグルノーの森にも、次第に戦火が近づいてきます。
 マリオが「森の民」修行をはじめて一年たった頃。それは突然やってきました。

 グルノーの森の北に広がる平原で、戦いが始まったのです。
 叫び声。悲鳴。蹄の音がとどろく中、地面を染める赤い血。
 平原を見晴らす丘陵の上からそれを目の当たりにしたマリオは動転します。
 それは、想像以上に、噂以上に生臭く、目を覆う惨状でした。

「やめろ、やめろってば! なんのうらみがあって、こんなことをやってるんだ。人殺し!」 (P36)

 思わず叫ぶマリオ。しかし、叫んだところでどうにもなりません。そのうえ、誤って
持っていた火種を落としてしまいます。運悪くそこに生えていたノロシソウに燃え移った火は こともあろうに、『和議調停』の合図である白煙をあげてしまい、戦争を止めてしまったのです。

「アイザリア戦場の古式慣例により、白煙直流の和議調停を申し出たのは、おまえたちか!」 (P44)

 戦を中断させられて気がたっている武将たちを前に、
マリオの口は勝手に喋りだしていました。

「おいらは、……森の民の王、ヌバヨ!」 (P47)

 とんでもない嘘です。しかし、効果はてきめんでした。苦し紛れの嘘を並べて、その場を逃れた マリオは、ナチカとパムリンを連れて逃げようとします。しかし、森の娘たちはそれを承知しませんでした。 ヌバヨは森の民の誇り。その名を騙ったからには、ここで逃げては森の民の信用をなくしてしまうからです。

 マリオは仕方なく、ヌバヨの名を騙ったまま、二人の武将に会います。
 二人の武将――ユリーズとゴムールは、元から敵対していたわけではありませんでした。
 今はつく旗を違えているにしろ、過去には手を取り合ってアイザリアを守っていた民の
誇り高き一員でもあったのです。
 それがなぜ戦う羽目になったのか――すべてはひとりの男、アイザリアの由緒正しき王と
 その一族を皆殺しにし、王位を狙ったアサスという男のせいでした。
 王位につくべき人物を失ったアイザリアは、そのために三つ巴の内戦に陥っていたのです。

「そして、ヌバヨは、いくさをやめさせるために、どうするわけだ?」と、
ユリーズがいいました。
 ナチカは、マリオをしっかりと見て、いいました。
「もちろん、ヌバヨは、トープ・アイザリアへ行き、いのりの民の王女、ラクチューナム・レイを
このアイザリアに連れて帰るつもりだよ! ねえ、ヌバヨ!」 (P67)


 いのりの民の王女、ラクチューナム・レイ。
 内戦の前に生まれ、何ものかによって、世界一険しいと言われる「山の壁」を越えた所にあると言われる 伝説の地、トープ・アイザリアへ連れ去られたという、今となっては、ただ一人の王位を継ぐべき少女。

 それは、もはや、伝説でした。トープ・アイザリアの存在すら確かなものではなく、人々はその少女の 帰還を心の底から願いながらも、決して現実にはなり得ない、不可能な夢だと思っていたのです。

 もう、後にはひけません。確かな約束のために、ナチカとパムリンは二人の武将に一人ずつ、引き離されて 人質に取られることになってしまいます。期限は1年。それまでに王女を連れて帰らなければ、二人の命の 保証はないのです。しかし、二人は潔く立ち上がります。

「マリオ。だれかが、やらなきゃいけないことだった、あるよ。アイザリアの民は、みんな、 早くいくさが終わることをいのってるあるよ」(P72)
(中略)

「おいらは、もちろん行くつもりさ。だけど、なぜ行くのかってことだけは、おまえたちには誤解されたく ないね!おいらは、ナチカとパムリンが、ぶじに、あいつらから逃げ出せることのために行くんだ。(以下略)」(P73)


 ただ大事な友人を助け出すために――マリオの旅は、そうして始まったのです。
 本当にあるかどうかも分からないトープ・アイザリアへ行き、
 そこにいるのかどうかも分からない王女を捜す旅が。

 そしてそれは、アイザリア一国の運命をも変える旅の始まりでもあったのでした。


(※注…文中 斜体 は本文より)