「ドーム郡ものがたり」
(原題)『ドーム郡小史・最初の試練〜クミルの手記〜』



はるか昔、アイザリア地方の中でも人里離れた山の中で
ひとりの少女がたった一人で、小鳥や動物を友に暮らしていました。
その少女の名は、クミル。

「もめんのスカートをはいて、小鳥といっしょにうたい、子リスやウサギの
世話をすることや、木もれ日をあびてダンスをしたりすることが」
 何より似合う、
「どんなけものも疑いをもたぬ」 すんだ瞳を持つ少女。

17歳の誕生日を迎えた春、クミルは、彼女の将来を案じた恩師ヒース教授の推薦で、
長年の夢だった学校の先生になるために住み慣れた森をはなれます。

アイザリアの南、四方を山に囲まれて、

「わすれられたように残っている古い土地」、
「人々の心がおだやかで、平和このうえもないところ」


――ドーム郡へ。

ドーム郡で、クミルはラノフ公立学校の「自然の先生」として働きはじめます。
学校の先生として子どもたちに得意の自然について教えることができる、輝くような毎日。
ところがある日、クミルは生徒どうしの喧嘩にまきこまれ、当の生徒のついた嘘によって、
身に覚えのない罪を着せられ、ドーム郡を追放されることになってしまいます。
ただし、ある「任務」を終えることができたら、その処分を取り消す、という条件つきで。

ドーム郡の人々にも秘密で、クミルに課せられた「任務」。
それは、クミルだけでなく、ドーム郡すべての運命を左右するものでした。



5年前、ドーム郡の東、山々を越えた向こうにあるマドリム郡という地方で、
それまで見たこともない黄色い花が花開いた。
それを見た旅人の男が、警告した。

「この花は、フユギモソウ、という名のおそろしい花だ。」
「この花は、人の心の中にあるすべてのよいもの、希望、愛、やさしさ、
そして夢をこおらせてしまい、にくしみ、ねたみ、うらみ、そういった悪いもので
いっぱいにする花なのだ!」(P64)


もちろん、人々はそれを相手にしなかった。ただの花が何をできる?
だが、5年前は一輪だったその黄色い花は、年ごとに数を増やし、
土地を埋め尽くしていった。
それと比例するように、マドリム郡の中は次第に殺伐とし、
――互いに疑心暗鬼となり、
――たわいない原因から武器を取り合い――
そして5年後、マドリム郡は滅びた。



その花が、次第にドーム郡へも近づいているのだ。

(ほんとうにその花が原因でマドリム郡は滅びたのか)
(戯れ言だ)
(だが、もし本当だったら)
(誰がそれに対抗できるのだ?)

藁にもすがる思いで、ドーム郡の幹部たちは、その「最初にマドリム郡に警告した男」、
ヌバヨを探してくるようにクミルに命じます。
誰も知らなかったその花の名を知り、性質を知っていたその男なら、
対抗する術も知っているかもしれないという、――かすかな希望を抱いて。

だが、その男について分かっているのは「ヌバヨ」という名だけ。
それも、その名は半ば伝説化しているほど消息がつかめず、
どこにあるかも知れぬ「コノフの森」という所に住んでいるという。

細く長く、獣でさえ迷う道を、西に南に、東に北に行けばあるという「コノフの森」。
ただの木こりだとも、王だと、学者だとも、森番だとも言われ、
そのどれもが正しいとも分からない「ヌバヨ」。

まるで雲をつかむような話。
しかし、それをなしとげねば、クミルは二度とドーム郡には戻って来られないのです。
クミルは言います。

「わたし、できるだけのことをしてみます。
コノフの森の、ヌバヨを見つけ、ドーム郡に帰ってきます」(P73)


そして、ヌバヨを見つけ、ひいてはフユギモソウからドーム郡を守るための、
クミルの長い長い旅が始まったのです。


(※注…文中 斜体 は本文より)