荻原規子/作 徳間書店/出版
通称”勾玉三部作”



「空色勾玉」
 天地が分かれて間もない古代日本。輝く光をあまねく地上にふりそそぐ 輝(かぐ)の大御神に仕える村の娘として育った狭也は、闇に食われる夢に怯えて起きるたび、拾い子である己の 心細さに苦しんでいた。そんなある夜、狭也は自分を水の乙女と呼ぶ人々に出会い、自分が輝の敵である闇の一族の巫女姫だと 告げられる。衝撃から激しい孤独感に陥り、誘われるままに輝の宮へ赴く狭也。だが、その宮の奥では、光の一族として生まれながら 出来損ないと言われて蔑まれ、自由を奪われながら闇の女神に心を寄せる輝の末子がいた…。
 私を日本史と日本文学に駆り立てた、日本語の美しさを存分に味わえる作品です。物語を構成するものとして、 「ストーリー」と「キャラクター」の他にも「ことば」というものがあるのだと、はっきり意識したのはこの作品を 読んだ時からでした。今、大人の目で斜交いに読むと、この物語にはいろいろな寓意が隠されているように思うのですが、 そんな目で読むのは逆にこの物語の魅力を大きく損ねるように思います。ただ、この言葉のリズムに身を任せ、魅力的な キャラクター達に心を寄せながら、豊かな自然と人の心がゆきかう古代日本の豊葦原に旅することが、この作品を もっとも楽しむ方法ではないでしょうか。



「白鳥異伝」
 狭也と稚羽也が伝説となり、その名も失われた時代。三野の橘の娘・遠子は、拾われ子の小倶那と双子のように 片時も離れず育てられた。だが、小倶那は都から来た大王の皇子に見込まれ、遠い都に去ってしまう。必ず帰るという 約束だけを残して…『必ず帰ってきて。小倶那にもう一度会えるときまで、女になんか絶対にならないわ』
 はかなく失われた約束と、火と、流された多くの血。その源にかつてのかたわれ・小倶那がいると知った遠子は、 小倶那と、小倶那の持つ大蛇の剣の力を抑えるための勾玉を探して、長い長い旅に出た。

――『あなたに会いたかった。ほんとうにずっと会いたかったわ。わたしがここへ来たのはね、 ほかのだれかにあなたを殺されたくなかったからよ。 あなたを殺して、もう一度わたしの小倶那に会いたかったから』
『勾玉三部作』きっての長編であり、唯一のラブストーリー(と敢えて言い切る)。「空色勾玉」から 時代をくだり、短命の英雄であるヤマトタケルと白鳥の伝説を中軸に、息を吹き返した大蛇の力と、豊葦原に散らばって 所在をなくした5つの勾玉をめぐる壮大なファンタジーです。物語を貫く人物の想いがもっとも鮮明に描かれている という点で、私が最も好きな作品。勾玉を探して歩くという、ともすればありがちになりそうな展開が、錯綜する 登場人物の強い思いで見事に打ち消されています。人間の生活に政治と権力が根をはり始め、神々が失われていく 黄昏の時代という、背景もしっかりした作品。



「薄紅天女」
 東の坂東、武蔵国で育った阿高と、その父の末弟であり、阿高には叔父にあたる藤太。ふたりは二連の異名を取るほどに息が合い、 双子同然に育てられた。ところがある日素性すら分からなかった母の一族と名乗る蝦夷が現れ、阿高は彼を母の生まれ変わりと呼ぶ 彼らについていってしまう。藤太とその仲間たち、そして阿高を探して現れた都の少将・坂上田村麻呂は、阿高を追って陸奥へ向かう。

 一方、西の長岡京では、皇太子安殿皇子が病に倒れ、勾玉を薄紅に輝かせる天女の夢を見ていた。兄を救いたいと思いつめた 内親王・苑上は弟皇子と入れ替わり、都を苦しめる物の怪に立ち向かうために外の世界へ出て行こうとする。だが、そこで出会った 災厄は、彼女の想像していたものとはまるで違うものだった…。
 時代がぐっと下って長岡時代。『白鳥異伝』で姿を消した最後の勾玉の物語です。でも、作者ご自身も仰られているように、 まったく独立した物語となっています。独立した物語といえば『空色勾玉』と『白鳥異伝』もそうなのですが、それなりにつながりの あった前2作と違い、この『薄紅天女』はとりわけ孤立した印象を与えます。それはおそらく勾玉の持ち主が少年で、しかも前2作のように 勾玉を「誰か」のために用いるのではなく、あくまでも「力」の依り代として、輝の末裔である皇(すめらぎ)と勾玉との関係を語る ための道具に徹しているからでしょう。人間関係もより複雑で、いささか求心力が分散しているような感もあるものの、実在する歴史 文学(「更級日記」)をモチーフにした歴史ファンタジーとしては一級品。こうしたファンタジーは、いかに実存する歴史書籍を脚色するかに 手腕が問われるかと思うのですが、それがこの作品では非常に個性的で、魅力にあふれています。


注記:斜体部分 は本文よりの抜粋